岡崎別院山門法語一覧

山門掲示板に毎月貼りだしている法語です。
月が変わる毎に交換しています。以前のものは一部別院内廊下などに貼り出しています。

2017年3月の法語



自らの在り方を深く悲歎するという心だけが
人間としての心を回復していくのです
~宮城顗~



今までの法語は↓。

 年、月 法語  出典 
2011年12月 私というものは私の思いよりもっと深い意義を持っている  安田理深 
2012年1月  世の中安穏なれ 仏法ひろまれ  親鸞聖人
2012年2月 悟るといふても迷うている事を悟るのです  安田理深  
2012年6月  依頼は苦痛の源なり 清沢満之 
2012年7月  発車駅の東京も知らず、横浜も覚えがない。
丹那トンネルを過ぎたところで薄目をあける。
静岡あたりで突然乗っていることに気づく。 
吉川英治「人生列車」
2012年8月 貧を貧と思わざれば富なり 富を富と思わざれば貧なり  清沢満之 
2012年9月 またひとつしくじった しくじるたびに目があいて 世の中すこし広くなる  榎本栄一 
 2012年10月 慢心によって鬼となり 信心によって人となる  本多恵 
 2012年11月 仏に出遭うということは 
仏に背きつづけている私に出遭うということです 
藤本正樹 
 2012年12月  過ぎ去ったことを悔やみ 来たらぬ未来に憧れて 
今を忘れて生きている私
福田大 
2013年1月 人間としての愚かさというのは、
実は何に対しても答えを持っているということだ 
ミラン・グンデラ 
2013年3月 拝まれる者になるよりは 拝める者となれ  畠山明光 
2013年4月 われひと共に自由と平等を共に生きようという願いこそが
人間の根本の願い 
和田稠 
2013年5月 聞法と言うことは人に出遭うこと人からひとへの歩みだ 宮城顗 
2013年8月 ここに居て喜べず 随分よそを探したが 
ここをはなれて 喜びはどこにもなかった
浅田正作
2013年9月 自分に自信をもっている 自分の心に迷うのです  宮城顗 
 2013年10月 知恩の心による報恩の歩みというのは、
その全体がわが力によるものではなく、
私を越えた力によってはじめて成り立つのです。 
宮城顗
 2013年12月 新たなことに気は移り 今年も暮れて空しく終わる  福田大 
2014年1月 今年こそと思う心に今はなし  本多恵 
2014年2月 人間の要請に応える宗教と
人間そのものを明らかにする宗教との
峻別が明瞭にならないと宗教が曖昧になる
広瀬杲
2014年4月 仏教でいわれる智慧というのは、頭がいいということではない。
事実を事実として生きていける力であり、勇気なのです。 
 宮城顗 
2014年5月 ものをとりに部屋へ入って何をとりにきたか忘れてもどることがある。
もどる途中でハタと思い出すことがあるが、
そのときはすばらしい身体がさきにこの世へ出てきてしまったのである。
その用事は何であったか
いつの日か思い当たるときのある人は幸福である。
思い出せぬまま僕はすごすごと、あの世までもどる。 
杉山平一「生」(詩)
2014年7月 苦しみがなくなるということは苦しみをいかしていくことができるということ 蓬茨祖運 
2014年8月 人は法を求めるにとどまって 法を生きることを忘れている  高光大船 
2014年9月 世の中が便利になって一番困っているのが実は人間なんです  浅田正作 
 2014年10月 地獄を嫌う心が、地獄を造っていたのです  安田理深 
 2014年11月 助け合わねば生きていけないお互いが、
害し合わねば生きていけない 
そこに人間業の悲しみがある 
金子大栄 
 2014年12月 浄土は響き合う人の間に感じられる 本多恵 
2015年2月 やらねばならない強制のなかで してはいけない規制の中で 
本当何がしたいのか 他人の顔色を伺いながら 
自分の本当の願いを見失って生きる 私の名を 仏は凡夫と言い当てます
福田大
 2015年3月 準備(先の事)ばかりに追われつつ
大事な本番(今)迎えずに ついに空しく終わりけり
大切なのは「今でしょう」 
福田大 
 2015年4月 人生は人との出遇いの連続である 出遇いの深さが人生の深さでもある  福田大 
 2015年5月 悲しみよ おまえのおかげで 私は仏に遇う  箕輪秀邦 
 2015年6月 人は (他者)の前を横切らずには 生きていけない。
大事なことは、そのことをわすれないことだ。
遠藤周作 
 2015年7月 他を咎めんとする心を咎めよ  清沢満之 
 2015年8月  南無阿弥陀仏というのは 人間に生まれてよかった 
生きてきてよかった という人生を歩む心になってほしい という心です
伊藤元
 2015年9月 ご縁 ご縁 みなご縁 
困ったことも またご縁 
南無阿弥陀仏に あうご縁 
木村無相 
 2015年10月 凡夫が凡夫に 目ざめた人を 仏という  
凡夫でありながら 凡夫と知らぬのが 人間である 
安田理深 
 2015年11月 愚かが 愚かに気付いて 利口になったつもりの このどうしようもなさ  榎本栄一 
 2015年12月 憶念とは、忘れていたものを 思い出すという意味  宮城顗 
 2016年1月 おめでとうございますとは ただ新年を迎えたことではなく 
互いに念仏を申す身になった事を慶ぶ言葉です 
福田大
 2016年2月 本当に自分の弱さを深く知った人が、 
その弱さを悲しむ心において ともに歩もうとする 
宮城顗 
 2016年3月 年をとって自分の力に限界を知らされれば知らされるほど、
逆に自分を生かしている世界がいかに大きいかを知る。 
宮城顗 語録集5 
 2016年4月 智慧がないことを愚痴と表す。愚痴というのは弱さです。
愚痴というのは分からないということではない。
事実を事実として引き受けられない弱さです。
宮城顗  
 2016年5月  無量とは量的発想で一喜一憂し振り回されることから解放された世界です 真城義麿 
 2016年6月 自分の愛情の至らないことを悲しむ心が、いちばん相手に近づく心 宮城顗 
  2016年7月 信心とは我が身に賜った如来の心です 宮城顗  
 2016年8月 仏とはどういう人かというと
全ての存在に仏の心を見いだす人なのです
宮城顗  
2016年9月 夢は実現したら消える。願は実現してはじめて力になるのでない。
願が力を生み出しているのです
宮城顗  
2016年10月   他人(ひと)の人間性を無視すれば
必ず自らの人間性も失っている
和田稠 
2016年11月  人生における問題と人生そのものの問題とは違う  金子大栄
2016年12月 悟りという事はいかなる場合にも平気で死ぬる事かと思っていたのは
間違ひで、悟りという事はいかなる場合でも平気で生きることであった 
正岡子規 
2017年1月 正月は冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし  一休宗純 
2017年2月 寒さに身を震えた者こそ太陽の暖かさを知らされる 
苦悩を生きた者こそ願われているわが身の事実に頭が下がる